135,000部発行
2010年3月6日
通巻第162号
年間郵送購読料3,000円
稲毛新聞
 発行責任者/佐藤 正成  発行/(有)稲毛新聞社 〒263-0043千葉市稲毛区小仲台2-5-2 TEL043-256-4414(代)FAX043-256-4494
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ありがとう≠フ一言が家庭を変える
家庭倫理講演会のお知らせ
 深刻化する青少年の非行、モラル意識の低下による犯罪の増加など、我国が抱える問題は深刻化かつ多岐にわたっています。家庭倫理の会では、現状を憂慮し諸問題の要因の一つは家庭教育力の低下にあると考え、家庭教育力の再生の一助とすべく、今年も左記の要領で家庭倫理講演会を開催いたします。皆様のご参加をお待ち申し上げています。
      記
 ◎日 時 平成22年4月29日(祭日)
 ◎開 場 午後1時。開始・13時30分〜15時。
 ◎場 所 千葉市民会館大ホール
 ◎料 金 一人千円(定員千名)
 ◎内 容 (1)体験報告  細田 節子氏
    テーマ「姑(はは)からの贈り物」
    (2)講演 倫理研究所 町筋幸江
    テーマ「ありがとう」の一言が家庭を変える。
 主 催・社団法人倫理研究所・家庭倫理の会
 後 援・文部科学省・千葉県教育委員会・千葉
    市社会福祉協議会他 
 問い・電話043・244・4052(富沢)

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田母神理論にみる歴史検証(2)
天気晴朗なれど波高し皇国の興廃この一戦にあり

入野守雄論説委員
 1905年5月26日、イギリスの租界(治外法権地)上海にロシア艦隊の輸送船が入った情報がもたらされ、哨戒を続けていた信濃丸は5月27日未明に五島列島沖に灯火を発見、夜明けとともに確認、午前4時45分打電「敵艦見ゆ」を受信した東郷元帥の旗艦三笠は連合艦隊の出動を命じ、「本日 天気晴朗なれど 波高し 皇国の興廃この一戦にあり」。それから8時間後の13時39分、両艦隊は対馬沖で遭遇。「各員一層奮励努力せよ」Z旗が三笠に掲げられた。
 両艦隊は接近していき、距離8千メートルの時、14時5分、東郷は敵の射程内ながら大きく左に急転回、敵艦の進路をふさぐ丁字戦法を取った。後続の艦船も続いた。危険な戦法で転回中に先頭を走る敵から砲撃を受ける。旗艦三笠は集中砲火を浴びるが、当日は波高しであり、8千メートルと射程距離ギリギリで命中精度は落ち、被弾したが航行不能とはならなかった。
 艦船は側面に砲台が並び敵艦に砲撃を集中できる。回転を終えた連合艦隊は14時15分、右火砲で一斉攻撃を開始、敵艦隊は完全に混乱して、わずか30分でバルチック艦隊は壊滅した。
 日本の完璧なまでの勝利であった。米国の提案もあって、6月には樺太全土も占領した。
 有色人種の極東の小国が白人の超大国を破ったと世界は驚嘆の声で満ち溢れた。5月27日は日本海海戦を記念し、海軍記念日だが、NHKの「今日は何の日」では全く触れない。
 (5)大韓帝国(朝鮮)の国際社会の位置付け
 1905年9月、ポーツマス条約で講和がなり、日本はロシアが租借していた満州の権益と南満州鉄道、大連旅順から長春までの権利を得た。清朝と条約を締結、日本軍が駐留した。
 その後、米国はこの鉄道を共同で運営しようと持ちかけてきたが、日本人の血と涙で勝ち取ったとの思いで申し出を断った。これが日英同盟破棄、日米戦争の遠因になったと思われる。
 長年の懸案だった樺太問題は米国の仲介もあり、北緯50度以北の北樺太の返還で決着した。朝鮮国の地位は、米国が6月に日本の宗主権、ついでイギリスも日本の支配権を認めた。
 ロシアも日本の朝鮮国に対する「指導監督保護」の権利を認め、国際的に日本の朝鮮支配が承認された。 11月に伊藤博文元首相がソウルに大使として出かけ、第二次日朝協約を結んだ。日本が朝鮮の外交権を握る。統監を置く等である。 1906年2月、統監府が開設され、伊藤博文が初代統監となった。朝鮮は国際的にも日本の保護国として承認された。しかし大韓帝国を宣言した李王は日本の力を排除するため、米国大統領に密書を送り、ハーグの万国平和会議に密使を送るなど工作を続けた。
 これに対し、日本は朝鮮を併合しようとする征韓論と、独立国でよいとする伊藤博文らの合併反対派とに分かれていた。反対派は当時朝鮮が欧米から莫大な借金を抱えており、肩代わりするのを嫌ったとの説と、併合して巨額の経費を使うよりは、朝鮮人自身が国を隆盛にし、自ら国を守らせもって同盟して、わが国の安全を図るというものである。伊藤博文は1906年2月「一部といえども、朝鮮で日本人の狼藉は許さない」と発言。さらに1907年春「日本人さえ繁栄すれば、朝鮮人はどうなっても構わぬではない。日本人も発展し、朝鮮人も進歩せねばならぬ。利己主義では日本の声望は一朝にして失墜する」と言った。
 1909年春、桂太郎首相が朝鮮併合を決め、同年10月、ハルピン駅で伊藤博文は安重根に暗殺された。 しかし、そのテロリストを義士と称え、反日ゲリラが横行し、その動きを止められない李完用総理は日本政府と日朝合併条約を1910年8月、締結せざるを得なかった。これに対し、英米露仏列強は東アジアの火薬庫の朝鮮が、当事者能力のある日本国になることが世界平和に必要と、大賛成と併合を承認した。
 (6)36年間の合併中の朝鮮の真実
 日本統治で身分制度の差別は完全に廃止された。特権階級の両班(貴族・役人・地主)以外の大多数は解放された。
 李朝末期は道徳が乱れ、精神も文化も経済も疲弊した。賄賂と暴力が支配して政治は不正行為の別名であった。日本は鉄道・道路・植林・ダム・発電所・堤防・港湾・製鉄所・窒素肥料工場・学校など公共工事を実施した。両班以外の貧しい民衆に仕事が与えられて大いに潤った。日本が統治した結果36年間に人口は倍になり、1人当たりの所得も倍になった。公共工事の資金はすべて日本人の税金である。36年間の収支決算は間違いなく日本の持ち出しである。読み書きは漢文で庶民は読めず両班の独占であった。15世紀の中頃ハングル文字が作られたが、日本には独自の文字(カタカナ・ひらがな)が8世紀には作られているが、日本人は野蛮人だから、自分たちが独自の文字を持てば、日本人と同じ蛮人になると捨てられていた。それを拾い出し、学校で教えたのは日本人である。
 漢字とハングルを混ぜ、日本文のように使うことを教えた。日本語も勿論教えたが、日本が言葉を奪ったというのは劣等感の裏返しである。もし奪っていたら、現在ハングルが使われているか微妙である。
 しかも、日本がやったことを否定し、漢字混在文を追放して、同音異語の区別と電報文を読む味気なさで困っている。現在80歳以上の韓国人はこれらの事実を知っていながら認めようとしない。過去の歴史は樹木に例えれば大地に張った根に当たる。これを客観的に検証せず、一方的な歴史観で過去を歪めれば、大樹は成長できない。この様な国民性では韓国、朝鮮は一流国家にいつまでたってもなれないであろう。世界的名勝の金剛山に日本は観光用の鉄道まで作っている。
 (7)朝鮮人の精神を歪めた原点
 朝鮮は太古から社会制度・政治・学問・生活習慣まで支那を完全に模倣した。朝鮮の国号は1392年、李王朝が成立した時、宗主国である明から頂いた名前である。シナの中華思想が絶対で自身を小中華と誇り、支那も朝鮮も西洋の近代文明に出会った時、優越感を抱いて尊大であった。 望んで自ら改名したのに、無理やり日本名に変えさせられたと日本を非難するが、むしろ優秀な人たちは朝鮮名のまま行政官僚の幹部に、軍隊では将校となり日本兵を指揮命令した。 新羅時代に朝鮮古来の名を中国式にすべて変えているのに、それを認めない。日本には20万以上の姓があるが、朝鮮は250位である。もっとも多いのが金と李で半分以上を占め、朴と続く。一族が発祥した土地と姓名が組み合わされ、本貫の別ができ、千年以上も昔の先祖が同じ本貫の同族は結婚できない。
 日本統治時代に戸籍に本貫を残したのは朝鮮文化の尊重のしすぎであった。だからこそ現在でも入籍できず悲恋が起こり別れ、同棲しても生まれた子供は非嫡出となり、大変窮屈な社会なのである。
 (8)中華民国成立時の国際情勢
 1912年1月、辛亥革命で孫文は臨時大総統に就任して中華民国が成立したが、軍閥・共産軍・馬賊・匪賊が英米ソと結び、離合集散を繰り返し内乱状態であった。孫文も1905年7月、1913年8月、日本に亡命している。後に米国の後ろ盾で国民党の総統まで昇った蒋介石も日本の陸軍士官学校を卒業している。1913年3月、米国民主党ウィルソン大統領誕生。日系人排斥法案等々成立。1914年8月ドイツ帝国は露英仏に宣戦布告、第一次世界大戦が始まり、米国が17年4月参戦して18年11月ドイツ降伏。1917年11月ロシア革命、1919年1月パリ講和会議、日英同盟で日本は戦勝国として出席、人種差別撤廃法案を国連に提出、賛成多数にもかかわらず議長のウィルソン大統領は「大事な法案は反対ゼロでなければ」と葬り去った。
1921年、日英同盟破棄、22年ワシントン軍縮条約で日米英の軍艦保有の割合を3・5・5と決め、米英は対日戦に備えていた。日露戦でわが国が権益を握った満州は清朝を建国した満州族の根拠地で、満州禁封令で3百年間、他民族の流入を禁止していた。しかし漢民族・モンゴル族・朝鮮族が移り住み、清朝末期には漢民族の割合が圧倒的に多かった。
 1912年、清朝が倒れると満州は「無主の地、化外の地」と化し、治安は乱れ混乱の極みであった。従来、万里の長城より北は数千年来、漢民族は「化外の地、野蛮の地」と蔑んでいた。清朝打倒を唱えた孫文も満州を中国とは考えていなかった。【次号に続く】

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稲毛新聞のお詫びと訂正
4月以降も従来通り配布します
先月号で稲毛新聞の一部を4月からコンビニのラックに設置し、設置個所をお知らせすると告知しましたが、コンビニ配送業者の都合で交渉がまとまらないため、4月に間に合わなくなり、コンビニ配置は当分見送ることにしました。
 従いまして、稲毛新聞は従来のポスティング制度をこのまま継続することといたします。また、一部配布員さんにもご心配をおかけしましたが、現状の部数をそのまま配布していただくことにしました。
 現在、稲毛新聞は千葉市中央区、稲毛区、美浜区、花見川区、若葉区、四街道市を配布エリアとして合計13万5千部発行していますが、配布漏れの場合はインターネットで稲毛新聞を検索するとPDFにて、そのままプリントアウトしてご覧になれますのでご利用ください。

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