150,000部発行
2013年5月9日
通巻第200号
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稲毛新聞
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主張 ボツダム戦後体制に侵された日本(2)
稲毛新聞論説委員 入 野 守 雄
 昭和28年(1953年)1月20日、トルーマン大統領は任期を終えインデイペンデンスの自宅に戻った。ここに在任中の文書や資料を歴史的財産とするためトルーマンは大統領図書館を設置した。
 各大統領の名を冠した図書館は全米に9か所あり、文書や資料は米国の公式文書扱いで誰でも閲覧できる。退任直前の昭和27年12月6日、シカゴ大学ケイト教授は20年7月25日付けの米陸軍参謀総長の原爆投下命令書の写しを添え、トルーマンに質問書を提出した。
 トルーマンは12月31に回答文を出した。内容は『日本に米軍が上陸した場合最低でも25万人の戦闘犠牲者が見込まれ、敵にも同数の犠牲者が出る。職争を早く終わらせるため、日本にポツダム宣言を出したがイグノア(無視)された。8月2日ポツダムからの帰途、巡洋艦オーガスタから広島、長崎に原爆投下を命じた』と7月26日以前の原爆投下命令を否定する回答書が図審館に残っている。
 さらに、トルーマンは11年後の1964年8月(東京オリンピックの年)に別の米国市民の質問に回答している。
 そこには戦闘犠牲者を一気に100万人に膨らませ原爆投下の正当性を図っている。さらに、ポツダムからの帰途オーガスタから日本向けのポツダム宣言を発し、拒否されたので原爆投下を命令したと、あくまでも8月2日以降に原爆投下命令を出したとした。しかも原爆投下で思いわずらったことは一度もないと記す。
 原爆投下命令や日本向けポツダム宣言はオーガスタ艦上から無線でワシントンに発信されたことになるが、ホワイトハウスには一切の痕跡はない。この回答文はトルーマン図書館に残っている。
 従って、安倍首相のポツダム戦後体制脱却にニューヨークタイムズは河野談話、村山談話を持ち出し、従軍慰安婦に対し誠実に対応せよとNHK、朝日、韓国などを応援する。我国の伝統文化を破壊する国賊を以下述べる。
 先ず女系天皇を企画した古川貞二郎元官房副長官で、小泉政権下の有識者会議の人選を行い自ら委員に就いた。
 彼は完璧な左派で法概論を著した左派、園部逸夫元最高裁判事を選び有識者会議の結論は園部の持論、即ち『長子優先』『女性天皇を認める』『女性宮家創設』である。
 悠仁親王殿下御誕生で園部は「長子優先、女性天皇」は言えなくなり、残るは女性宮家創設である。皇室破壊論者の国賊野田首相は園部を内閣参与にして、旧星族の皇室復帰を否定させた。羽毛田宮内庁長官は古川貞二郎の厚労省の2年後輩だから、皇室は常に左派に囲まれている。
 女系堆進の黒幕は内閣法制局で、東大憲法学の宮沢俊義の弟子達であり、憲法第9粂の改正に反対する9条の会のメンバーである。在日の沢田研二も窮状(9条)の歌を作詞しNHKで歌った。
 女系天皇とは女系、女系で繋がり、男性天皇に繋がれば女系でなく雑系で、万世一系の皇統は終焉を迎え共産革命が成立する。
 集団的自衛権はあるが行使できないと解釈する東大憲法学の内閣法制局は連合国が絶対なのである。その例が東大在学中に上級試験に合格し1966年外務省に入局した孫崎享である。
 彼は公使、大使を歴任し2002年防衛大教授に就任、2009年退官後8000万円の退職金を手に、中華人民共和国の手先になり下がった。今年1月9日参議院会館で講師の孫崎は開口一番、『ポツダム宣言受諾により1945年8月15日以降連合国傘下の立派な日本が誕生した』と述べた。

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