155,000部発行
2006年12月7日
通巻第123号
年間郵送購読料3,000円
稲毛新聞
 発行責任者/佐藤 正成  発行/(有)稲毛新聞社 〒263-0043千葉市稲毛区小仲台2-5-2 TEL043-256-4414(代)FAX043-256-4494
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星霜録
 20代の頃、東京の山手線に乗った時、隣りに座った70歳代のおばあさんが突然話しかけてきた。「あなたが大人になったら、道路を二重構造にすることを訴えなさい」と言ったことが印象深く、時々思い出す▼なぜ私にそんな語りかけをしたか不明だが、おそらく増え続ける車で道路が混雑して何とかならないものかと日ごろ考えていたので、その解決策を誰かに訴えたかったであろう▼国道16号線とくに、稲毛穴川から横戸までの混雑はひどすぎる。その場所を通る時に、あのおばあさんの言った二重構造にしたら、もっとスムーズに車が走れるだろうにとしみじみ思う。同じ女性の堂本知事は考えつかないだろうか▼今、稲毛海岸から穴川までの国道増設工事が行われ数年後には完成しようとしている。これが完成すると、さらに16号線の混雑渋滞が予想されるが、その渋滞解決策は全くないに等しい。沼田知事時代には16号線の拡幅増設の議論もあったが、立ち消えてしまい地元県議もなぜか熱心に取り組もうとしない▼千葉市にも幹線道路を造る計画はあっても、予算とか土地買収などで時間ばかりかかり遅々として進展しない。例えば園生十字路から国道16号線に通じる道路も住民の反対等で何十年かかるか分からないといわれる▼大型マンションや大型スーパーが増え続ける千葉北地区。既設の道路を拡幅したり、例のおばあさんの考えのように二階建ての道路にするとかという発想や工夫をして欲しいものだ。(正)

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報道されなかった事件の真相の裏側 4
「下山事件」の取材記者の裏話
新聞に事件が掲載されるまでの悲話・哀話。昔の、と言ったって、そんな昔のことでなく、戦後の新聞記者の取材ぶりに今の新聞記者はそんなアホなことをしていたのか≠笑うかも知れない。
記事は足で書け≠ニ言われ続け、その結果、生じた珍事件など裏話≠紹介することにしよう。今回は、日本橋の三越本店のエレベーターの下に人が落ちていないか≠ニ、閉店後のエレベーターの下にもぐり込んで探した話と、取材のため、アイスキャンディー屋に化けて、自転車でアイスキャンディーを売って歩いた熱情あふれる?取材の裏話である。

新米記者の悲劇′フ障中のエレベーター(1)
日本が戦いに敗れ、東京日比谷にGHQ(アメリカ総司令部)が置かれると、日本の政治・経済はあらゆる部門で、GHQ支配下に置かれることになった。世相は混乱し、町には誇り≠ニ失った日本人が増えていった。そんな中で起きたのが今は昔話≠ノなった「下山事件」と「三鷹事件」である。当時は「松川事件」を加えると、妙に鉄道に絡む大事件が多かった。
 「下山事件」はGHQの指令による国鉄職員の大量首切り≠ェ引き金になって起こった事件である。
 時の国鉄総裁・下山定則が、勤務時間中に行方不明になり、翌日、JR(当時国鉄)常磐線・綾瀬駅近くで、れき死体で発見された事件である。他殺・自殺をめぐって朝日新聞と毎日新聞が真っ向から対立して報道した。死体となって下山総裁が発見されるまでの新米記者≠フ情熱を賭けた取材ぶりを紹介する。
鉛筆をなめなめ′エ稿を書いて新聞を作ったのはたった20〜30年前のことだった。書かれた原稿は整理部に回され、工場に送られる。工場ではピンセットで鉛版の活字一つ一つを拾って記事にする。万一、その活字の詰まったケースを引っくり返されると、新聞発行はパーになる。朝日新聞も毎日新聞も外部からの侵入者で、それをやられた(毎日は未遂)。下山事件が起きたのはそういう時代。
 下山国鉄総裁が、日本橋の三越本店に立ち寄ってから行方不明になって、翌朝、死体で発見されたのが、いわゆる下山事件≠ナある。
取材の焦点が三越に集中したのは当然だった。
下山は運転手に「すぐ出てくるから待っていてくれ」と言って入って行った。そして、そのまま行方不明になった。
三越に入ったことはハッキリしている。下山は運転手に「すぐ出てくるから待っていてくれ」と言って入って行った。そして、そのまま行方不明になってしまった。事件になった後、「待っていてくれ」と言われたからと、1時間も2時間も正直≠ノ待ち続けた運転手が批判されたが、これは仕方ないとして、下山が店内で誰かと会う約束をしていたことは推定された。
国鉄総裁と言えば当時、一面では今の大臣クラスより実質は上の大物≠ナある。まして、国鉄職員の大量首切りという難題を、GHQから押し付けられていた時期に起きた事件である。
 社会部はもちろん、政治部なども古参・新米を問わず、新聞記者が各方面に動員された。入社2年目の新米記者K≠焉Aそのうちの1人だった。
 事件が起きる数日前から、下山総裁が大量首切りに悩んでいたという情報は入っていた。当時の労働運動は激烈を極めていた。特に国鉄労組の運動は激しかった。想像がつくのは、下山総裁は三越に、買い物をするために入ったのではなく、デパートの中なら、誰かと会って話をしても目につかないということである。三越を出たことが確認されない以上、下山総裁の身の上に何か起きたのは三越店内でのことと推定された。しかし、徹底的な聞き込みの結果でも、店内での総裁の足取りはつかめなかった。
客のいる開店中は、店員や客からの聞き込みしか情報のとりようはない。本格的捜索≠ヘ閉店後である。閉店してから、店内の捜索≠ェ徹底して行われた。警察官と各新聞社の記者たちが、店内をくなまく捜索≠オた。
実はその時点で下山総裁はとっくに、半分は自分の意志で、半分は強制的に店内から連れ去られていた≠フである。
どこを、どう探しても見つからない下山総裁。この時、ある新米記者がハタ!と、盲点を思いついた。
「待てよ、これほど探しても分からないのは、どこかに探し忘れた盲点があるのではないか。そうだ!エレベーターの下に落ちているんではないだろうか」。
 稲毛新聞の読者の皆さん、笑わないでください!エレベーターの下に人が落ちれば、エレベーターは動かなくなります。それより、エレベーターの下に人間が落ちるはずがない。いくら功名心にはやったと言っても、それ位のことは分かっていたはずなのに。
 不幸なことに?たまたま故障中≠ニ張り紙がしてあったエレベーターが1台あったのが、新米記者の悲運≠セった。
 「これだ!」。
 故障中なので、新米記者はエレベーターの扉は難なく手で開けられた。彼の不幸は、さらに重なった。
 故障修理中なので、床は開けられていた。彼は、これが故意に開けられたと見た(何という早合点!)。
「やったぞ!」。先輩記者に相談すればいいのに特ダネ?≠ノ胸を躍らせた記者は、無謀にもエレベーターの支柱につかまりながら下に降りて行った。もし手を滑らせれば一発≠ナ終わりである。 彼の特ダネとりは、どうなったか?   (次号につづく)

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学校物語 105 千葉市立花見川第二中学校
地域のボランティア活動に積極的に取組む
 花見川区の花見川団地の近くにある「千葉市立花見川第二中学校」は昭和53年に開校。教育目標に「自立と共生」を掲げ、「目標に向けて自ら学ぶ生徒」「心身ともに健康な生徒」「社会的ルールを身に付け、自他を尊重し、思いやりのある生徒」「勤労と奉仕を惜しまず、学校や地域に貢献できる生徒」の育成に努めている。
全校生徒232人。同校生徒たちは地域の行事に積極的に参加している。5月に花見川団地の公園で開催された「工作まつり」では、地域の子どもたちに手芸や科学工作、パン作りなどを教えるボランティア活動に参加した。
 9月に開催された敬老会では、飲食物のセッティングや体の不自由な人のお世話などで活躍、吹奏楽部の生徒たちは演奏を披露して好評を得た【写真】。
 10月に開催された団地商店街ふるさと祭りでは、花見川地区の小学生や中学生が集まり、綱引き大会が行われ、今年は同校が数年ぶりに優勝を果たした。
 12月には地域の青少年育成委員会主催で「クリスマス映画会」が開かれ、地域の小学生の子どもたちとゲームをしたり、クリスマスソングを歌ったり、サンタの服を着て子どもたちにプレゼントを渡す他、吹奏楽部が演奏を行うなどのボランティア活動に取組む。
 同校では、今年度から初めて1年生の職場体験を10月に3日間実施した。
 昨年度までの5年間は2年生が職場体験を行っていたが、2年生は今年度から高校訪問に切り替えた。
 3年生は5月に2泊3日で会津・山形方面に修学旅行に出かけ、会津の伝統・文化を調べる作業や山形での農業体験を実践。また、11月には、フォトジャーナリストの森口康秀さんを迎えて教育講演会を開催した。イスラエルやパレスチナなどの紛争地に生きる人たちの暮らしを中心に撮影活動を行っている森口さんは、現地での体験談や人間として努力して生きることの大切さを生徒たちに語った。
 生徒たちからは「戦争の無い日本は幸せな社会だと改めて感じた」、「命の大切さを知った」、「自分たちは何をしなければならないのか、何ができるのかを考えたい」などの感想が寄せられた。 【取材・浦野美智子】

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あの店この店 年末・年始の本格派嗜好のグルメガイド
若松町の「シェ・ケン」
千葉でただ一軒の本格的フランス料理

 千葉県内でただ一軒の本場のフランス料理が味わえる「シェ・ケン」は若葉区若松町(国道51号線沿い)にある。外観は質素なたたずまいだが、店内に展示されたシャガールの絵がゴージャスな雰囲気を漂わせている。
 「シェ・ケン」はレストランでありながら大型のセントラルキッチンがある工場をもち、首都圏の一流ホテルや機内食用のケーターリングもしている。
 オーナーの山口賢氏はフランスで修行した経験を生かし、自ら厨房に入って調理しないと納得しない人。
 これからの季節にお奨めのメニューとして、オードブルは三重県的矢産の生牡蠣、世界三大珍味ファグラステーキ、トリュフのオムレツ、蝦夷鹿ロースト等豪華版。さらに最後は15種類の手づくりデザートをワゴンの中から自由に選べる。C232・8986(営業昼・11時〜午後2時、夜・午後5時半〜9時、火定休)

最高に美味しい前沢牛の店
焼肉レストラン新羅(しら)

  世界最高の豚肉「桃園豚(とうえんとん)」、3大銘鶏の「薩摩若シャモ」を食せる店(前沢牛協会販売指定店)。メニュー「焼肉物語」には、肉・料理の歴史や知識が物語として綴られていて、非常に興味深く、思わず引き込まれそうになる。
 3〜4名で食事ができる焼肉盛り合せが3980円から。サイドメニューのねぎサラダ(504円)、オリジナルメニューの和牛ネギトロ(1575円)と充実し、様々な食べ方が楽しめる。店内にはオーナーのこだわりで、肉の産地、個体識別番号、肉の名前が、カルビ・ロース・ユッケにまで、既に3年前から明記されている。
 クリスマス、忘年会、新年会は、美味しくて楽しくて素敵な時間を「新羅」で過ごしてみませんか。なお、店内で使われている一部、新羅特製のドレッシングも販売されている。
【営業】日曜定休・午後5時〜午後11時(ラストオーダー10時半)
http://www.e-shira.com
Tel.226・8078

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市民ガイド
千葉市美術館
所蔵作品展(1)草間彌生・荒川修作・篠原有司男(ニューヨークで活躍した3人のアーティストの作品展)▼会期・12月11日(月)〜H19年1月14日(日)▼時間・10:00〜18:00(金、土は20:00)12月29日〜1月3日休館▼観覧料・一般200円大・高生150円中・小生無料(2)サトウ画廊1955-1981〜若く、熱い日々〜(銀座のサトウ画廊から寄贈された絵画166点版画213点彫刻14点写真1点工芸13点を展示)▼会期・時間・観覧料は(1)と同じ▼問い合せ・Tel.221-2311千葉市美術館(中央区中央3-10-8)

クリスマスコンサート
▼日時・12月17日(日)午後2時開演▼場所・日本基督教短期大学内 学園教会(稲毛区小深90-3)▼演奏・サキソホン・岸 義紘♪曲目・冬のソナタ、アメイジンググレイス、クリスマスメドレー他(全15曲)◇入場無料・駐車100台可▼連絡先・Tel.432-3129(末吉)

第21回定期演奏会
(千葉スウィート・コンサート・サウンズ・ジャズ・オーケストラ)▼12月10日(日)13時30分開演▼場所・千葉県教育会館大ホール(無料)♪曲目・ムーンライト・セレナーデ、真珠の首飾り他▼問い合せ・047-481-2301(原田)

年金セミナー
知らないと損する年金の話▼日時・12月12日(火)10時〜12時▼場所・八重寿ビル2階(幕張本郷駅徒歩2分)定員30名、参加費無料▼内容・10時〜11時半・知らないと損する年金の話・11時半〜12時・年金無料相談▼講師・社会保険労務士 曽我浩▼主催・曽我社会保険労務士事務所・Tel.275-1757(花見川区幕張本郷1-11-3ワコービル2F)

講演 & クリスマスライブ
12月13日(水)▼場所・若葉文化ホール▼午前10時〜▼講演とライブ・松本卓也(千葉県出身)▼会費500円▼問い合わせ232・4651(永原)

こども歌舞伎公演
〜千葉県こども歌舞伎アカデミー成果発表会〜▼日時・H19年1月28日(日)1回目:13時開演2回目:17時開演▼場所・青葉の森公園芸術文化ホール・全自由席3,000円(学生2.000円)▼演目・三人吉三巴白浪(大川端庚申塚の場)・白浪五人男(稲瀬川勢揃いの場)・手習子・釣女(都合により演目変更の場合あり)▼問い合せ・青葉の森公園芸術文化ホールTel.266-3511

昼だまり広場12月公演
★12月9日(土)12時〜13時・ポップス&ウエスタン演奏▼出演・タカシ&その仲間♪曲目・「好きにならずにはいられない」他★12月23日(土)12時〜13時30分: 第一部・エレクトーン演奏▼出演・ソロ・高宮まゆか 全日本エレクトーン指導者協会ヤマハ千葉支部会員♪曲目・「白雪姫メドレー」他:第二部・クラリネット演奏▼出演・ちばクラリネットクラブ♪曲目・「主よ人の望みと喜びよ」他▼(手作りクッキーもお楽しみに)▼会場・千葉市民活動センター(千葉都市モノレール市役所前駅より徒歩1分)入場無料▼問い・Tel.245-5687

音とことばの風景
こどもの五感を育むポエムコンサート▼公演内容・第1部:基調講演・加茂川幸夫(文化庁次長)第2部:「音とことばの風景」ポエムコンサート・総合司会:山東昭子・朗読:橘由貴▼申込方法・往復ハガキ往信裏側に代表者の住所、氏名(ふりがな)電話番号と入場希望者全員の氏名年齢、代表者との続柄を記入し、返信表側にも住所氏名を明記の上〒260-0852千葉市中央区青葉町977-1青葉の森公園芸術文化ホール「ポエムコンサート」係り*1枚のハガキで3人まで申し込み可▼入場無料・先着順締め切り*問い合せ・266-3511(文化ホール)264-5528(ちば文芸フォーラム)

ギャラリー古島
▼12月8日(金)〜12月13日(水)「大野欣一水彩画展」▼12月15日(金)〜12月19日(火)「織工房AKEMA展」☆来年もよろしくお願いします▼問い合せ・Tel.243-3313ギャラリー古島(JR西千葉徒歩1分)

こみなと稲毛ギャラリー
▼12月10日までグループSINOの会展(絵画)▼12月12日(火)〜24日(日)篠崎輝夫画伯素描展▼問い合せ・会場申込・Tel.252-4713稲毛区小仲台2-3-12こみなと稲毛ビル5F(JR稲毛駅2分)

花光ランチタイムコンサート
▼日時・12月15日(金)12時お食事12時半開演★2,500円(お食事、お茶つき)▼演奏・チェロ窪田亮ピアノ笠原純子トランペット酒井清志▼曲目♪アルぺッジョーネソナタより第1楽章(シューベルト)アベマリア他▼問い合せ・Tel.271-0002(花光)

カルチャーセンター稲毛 生徒・教室利用者も募集!
会議・研修会にもどうぞ。ステンドグラス、マミフラワーデザイン、トールペイント、英会話、油絵、書道、ろう造花、手書き染め等。問合せはC244・3989【無料建築相談会】初めての家づくりプランニングから業者選び、資金計画まで▼日時・12月16日(土)午後1時〜3時▼問い合せ・アイム設計C244・3989

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今月の人
社会福祉法人つどい・小規模通所授産施設コスモス 施設長 江國 みち子さん (59歳)
障がい者が意欲的に働ける社会を
大分県出身で美浜区高洲にお住まいの江國みち子さんは、大学卒業後に都内の高校教員として勤めた後に結婚。夫が転勤族だったため、関西方面などで暮らしたこともあったが、十数年前に千葉市に落ち着いた。平成9年、美浜区稲毛海岸に障がい者が集い仕事をする場「ワークホーム・コスモス」を立ち上げた知人に手伝いを頼まれたことで、障がい者にかかわるボランティアの仕事を開始。「コスモスにかかわり、地域には障がい者が多く存在することに気付いた。障がい者一人一人に接することで障がいを持つ人に対する理解が深まった」と話す江國さんは福祉に関する勉強にも励んだ。
 「コスモス」は、平成16年10月に「社会福祉法人つどい・小規模通所授産施設コスモス」になり、施設長の資格を取得した江國さんが施設長に就任。同施設では、身体障がい者や知的障がい者など14人が、藍染のハンカチ・エプロンを作る作業や野菜の袋詰め作業、弁当箱作りなどの仕事を行っている他、老人ホームでの軽作業や千葉市花の美術館の清掃作業でも熱心に仕事をこなしている。また、4人の障がい者が宿泊をして助け合いながら過ごすグループホームも実践。「地域の人たちも理解を示し、暖かく見守り、様々な支援をしてくれる。
 「花の美術館ではきれいな花に囲まれて、障がい者はいきいきと仕事に励んでいる」と語る江國さんは、2年ほど前に「NPO法人・アビリテージ」を立ち上げ、障がい者の就労支援活動にも取組んでいる。「障がい者も表舞台で働けるようにと願い、会社等に働きかけを行っているが、現状は厳しい。障がい者も時間をかければ仕事ができることを理解して欲しい。今後、障がい者一人一人の能力を引き出し、仕事に結び付く研修等も行っていきたい。幼い時から障がいを持つ子どもたちと普通の子どもたちが一緒に過ごし、理解し合うことが大事。障がい者が意欲的に仕事ができる社会を作るために尽力したい」と力強く語った。
 平成19年1月27日に、美浜区稲毛海岸のトヨタハートフルプラザで障がい者による演奏会や絵などの展示を行う「ワークホーム文化祭」を開催する。【取材・浦野美智子】

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花の道  川島 正仁
第2部 サチコとの新しい生活9
現地職員のMさんの家族はキューバでは特別階級であった。しかも自家用車まで持っているのだ。
 妻はこの家族には大変世話になったのだという。結婚後こんなに早くこられたのだから、これ以上の再会のチャンスはないだろう。
 S書記官は、「川島さん、面白いところがあるよ」と言って、私達を骨董品屋に案内した。ここは勿論政府が管理している。外国人のみがOKだ。革命前の金持ちたちから没収した品物がすべてで、宝石から絵画まであらゆる物があった。そのどれにも値段がついていてペソからドル、そして円に換算すると意外に高価だった。そこで記念に銀の皿を1枚250ペソで買った。夜はヘミングウェイの店を訪れた。ヘミングウェイはこのバーによく来たのだという。あまり観光資源のないこの国ではヘミングウェイの知名度は貴重なものだった。その店には自筆の書き物、写真などがすぐ目に触れるところに飾ってあった。
 翌日はキューバでもっとも有名な海岸バラデーロに行った。車で1時間と少しだ。とにかく国といつてもたかだか小さな島だ。メキシコから比べれば本当に小さい。しかし、ことスポーツに関してはとてつもなく強い。すべてのスポーツを通じて、中南米最強国に違いない。
 キューバで私が気づいたことは、通学する小学生、中学生の顔の生き生きしていることだ。S氏に言わせると子供は昔のことを知らないからだという。子供はそれでいいが、多くの年寄りたちは昔と比べるので不満だらけで、話はいつも昔の良かったときのことだ。100%満足している人なんていやしない。ビーチは思ったほどではなかった。とにかくカンクンと比べると雲泥の差だ。水の色、透明度、どれをとってもかなわない。そのビーチで日光浴をしているほとんどは旧ソビエト人だった。その夜はキューバで最も有名な野外ナイトクラブトロピカーナに出かけた。とにかくここのショーのすばらしいこと、これだけは世界に誇れるだろう。踊り子のテクニック、体の線のしなやかさ、自然の木々をうまく取り入れた舞台のコンビネーション。まさしくこのショーには金をいくら払っても惜しくない。食事はまあまあという程度だったが…。
 こうして我々のキューバの旅は終わった。妻はすでに妊娠していた。折角帰るのだからまだ行ったことのないサンフランシスコ、バンクーバーに寄ることにした。バンクーバーではつわり≠ェひどく、私は一人で町をブラブラ見学した。3月というのにそんなに寒くはない。メキシコ暖流が北上しているからだ。日系人も多く、特にここの中国人街はサンフランシスコについで大きいという。翌日のJAL10便で日本へ帰国した。(第2部終り)

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